自分の思考をビョーキから守る方法

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アカの他人が脚本づけした、
知らない人が見ている他人の
世界観なんかじゃなく

自分のレンズで「クリアな物事の事象」
をしっかりと視るクセをつけよう。

そして素直にかんじた感情を信じる。

じゃなかったら、他人にふりまわされぱなっし
の人生を送ることになる。

*「はぁっ?」とおもったあなたは
読みすすめても意味不明ですので
ネットサーフィンをお楽しみください。

すべて、ではありませんが

ぼくたちが目にする事象のおおくは、
第三者の手によって加工された状態、
で伝えられます。

どうしてかと言うと、

伝える側は、読んでもらってナンボ
の世界を生きている人たちだから。

なので、少しでもおおくの人に
読んでもらえるように脚本づけをします。

で、物事の受けとり方なんて
人それぞれ違ってあたりまえ
なはずなのに、

「善」か「悪」の二者択一に
されてしまうケースがほとんどです。

人生は選択の連続だ!と言われます。

確かにそうです。

が、自分の感情にしたがって
選択するものであって、

「右と左があるけど、どっちがいい?」

みたいに、他人が用意して
目の前にさしだされた選択支

の中から選ぶのとは
意味がまったくちがう。

なんかねー、他人の発することばに自分の感情を
支配されすぎている人おおすぎ!

たとえば、

一般の人がだいすきな有名人の不祥事があったとします。

そんな時によく目にする情報が、

その事象(不祥事)に対してまったく関係のない
権威あるとチヤホヤされている「有名人の〇〇が、キレた!」
みたいな記事。

その記事を読んだおおくの一般の人が、
「ホンマにそうだよねー、やっぱ、ええこと言うわ!」

というように共感する。

けど、それって、

完全に他人のフィルター越しに見た世界を
その人が脚本づけた、ただの一個人としての
感想である。

だから、そもそも起こった事象とは
まったくの別物になってしまっている。

ってことわかってるのかな?

「もっと、しっかりと物事みて
自分の世界を生きようよ!」

と、思ってしまう。

まぁ、別にぼくには関係ないんですけど。

で、そのような日常に
違和感をかんじているからこそ、

第三者の目を介さない
リアルな情報が映し出される
SNSに人が流れてるのかな、と。

マズロー欲求5段階説でいうところの
第3の階層の社会的欲求を満たすため、に。

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●社会的欲求とは、

人は孤独を感じたり不安になるのを
恐れる生き物です。だから安心を得るために
集団に属したい、

と感じるという欲求のこと。
ーーーーーーーーーーーーーーーー

しかし、ぼくたち経営者は
他人のリアルな世界を

ただ、ぼーっと眺めている
だけではダメですよね。

どうしてかというと、

身近に感じる他人の日常を見ることで、

「心理的安心感」は
得られるかもしれないけど、

「経済的安心感」は
100%得れることはないから。

欲しているものを感じ取らないとね。

そこにたくさんのヒントが隠されている。

察する能力、「感性」って大切よね。

ではまた。^^

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